2012年11月04日
一日二食に体が慣れる。
「かがり火」という雑誌をとっています。地域で前向きに生きている人たちをたくさん載せています。
その編集長さんがお金がなくて一日二食になってしまったことが書いてありました。7.8年前のこととか。でも、最初は大変な時もあったけれど、体が慣れて大丈夫になったとか。そして、この編集長さんは、精神が体をコントロールすることができる、というようなことを書いています。
ある講演会で、豊かさになれてしまった人たちは、生活のレベルを絶対落とせないというようなことを、その講師さんは言ってました。その時はこの講師さんに、同感と思ったのですが…。
でも、「かがり火」の編集長さんの考えを、私は、支持したいと思ったのでした。自分ができるかどうかは、はなはだ疑問なのですが。今の便利さを存続させるために、原発などがいるのなら、人は、くらしの中味をかえて、原発などには頼らない、より安心なくらしをさがすことができる、と続きます。
私も、そうだ と思いました。人の英知は捨てたもんじゃない。お金がなければ二食にし、その結果体調はかえってよくなったりする、のです。食事の工夫はお金はあまり使わずに、したようですが。
久しぶりに、ちょっと嬉しい記事に出会いました。
その編集長さんがお金がなくて一日二食になってしまったことが書いてありました。7.8年前のこととか。でも、最初は大変な時もあったけれど、体が慣れて大丈夫になったとか。そして、この編集長さんは、精神が体をコントロールすることができる、というようなことを書いています。
ある講演会で、豊かさになれてしまった人たちは、生活のレベルを絶対落とせないというようなことを、その講師さんは言ってました。その時はこの講師さんに、同感と思ったのですが…。
でも、「かがり火」の編集長さんの考えを、私は、支持したいと思ったのでした。自分ができるかどうかは、はなはだ疑問なのですが。今の便利さを存続させるために、原発などがいるのなら、人は、くらしの中味をかえて、原発などには頼らない、より安心なくらしをさがすことができる、と続きます。
私も、そうだ と思いました。人の英知は捨てたもんじゃない。お金がなければ二食にし、その結果体調はかえってよくなったりする、のです。食事の工夫はお金はあまり使わずに、したようですが。
久しぶりに、ちょっと嬉しい記事に出会いました。